この「ロシア音楽事典」は、日本におけるロシア音楽の多面的で複雑な諸相を、一冊の本の中に、コンパクトに俯瞰しようとする初めての試みである。そこにはロシア民謡はもとより、ロシア正教の教会音楽も、ピョートル大帝以降の近代化の中で生まれてきた初期のロシア音楽も、そして何よりも、日本で広く愛されているグリーンカに始まるロシア「古典」音楽も、帝政ロシアの植民地として取り込まれ、引き続くソ連時代にも重要な構成員であった、シベリアや中央アジア、さらには今や民族問題に荒れ狂うカフカースの諸民族の音楽も、軽音楽や歌と踊りのアンサンブルはもちろん、ペレストロイカ期からソ連崩壊後に、国際的にも華麗な展開を見せている、いわゆる「現代音楽」の多面的な広がりも、およそ「ロシア音楽」に関わるもの全てが詰め込まれている。
巻末の執筆者一覧を見るとわかるように、本書に寄稿してくれた専門家の数は30名を超えた。年代的にも20歳代から70歳代に至るまで、その幅は広く、専門の芸術音楽だけでなく、文学や舞踊、さらには政治学や哲学などからのアプローチも含まれていて、この一覧がそのまま日本におけるロシア音楽研究の研究者一覧にもなっている。