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日本・ロシア音楽家協会 2016 - II
スターリンに消された作曲家とサブカルチャーに抵抗する作曲家たち 開催レポート
日時:2016年11月17日(木)19:00開演(18:30開場)
会場:豊洲シビックセンター 4Fホール(03-3536-5061)

 本日の日本・ロシア音楽家協会の演奏会には、「スターリンに消された作曲家とサブカルチャーに抵抗する作曲家たち」という副題がつけられていました。まず「スターリンに消された作曲家」についてですが、第2次世界大戦期の強豪国ではしばしば、音楽は人々を扇動するものとして利用され、同時に人々を扇動するのに適した音楽が評価されました。こうした国々では逆に、独創的で前衛的な音楽やその創り手は、「国の意向に反する」として社会から抹消されました。ソヴィエトも決してその例外ではなく、今回の演奏会では当時の政治的な理由から、国を去ることや作風を変えることを余儀なくされた2人の作曲家、ルリエーとモソロフが採り上げられました。演奏会の冒頭を飾ったルリエー《大気のかたち》は、両大戦が終わってから前衛的な音楽家達がこぞって用いた、楽譜を図形の断片のように扱い奏者の自由を引き出そうとする手法を、いちはやく採り入れた作品。本日はピアニストの矢澤一彦さんが音楽のパーツの一つ一つを丹念に解釈して演奏されていました。演奏会の最後を彩ったモロゾフのピアノ・ソナタ第2番は、「ロ短調」と記載されながらも明暗様々な響きと第2楽章のモチーフとなったグレゴリオ聖歌「怒りの日」の神秘的な旋律が印象的な作品です。「怒りの日」を作品に織り込むことは、ひと時代前のロマン主義の作曲家達もしばしば用いた方法であり、もとの調の響きを崩してゆくことは20世紀に開拓されていった手法です。演奏されたピアニストの武内俊之さんは、この作品のそんな伝統的な一面と革新的な一面の両方を捉え、非常に奥行きのある音楽創りをされていました。

 一方、副題のもう一つのキーワード「サブカルチャーに抵抗する作曲家たち」についてですが、今回の演奏会ではこの言葉を縁に、非常に理論的な構造や手の込んだ作法で観客にも思考・想像を促すような作品を創っている日本の作曲家達も集まりました。そこにはいわゆる娯楽としての役割が強く、刹那的に消費されてゆく「聞き流せる」音楽に対して、芸術と呼ばれる音楽はどうあるべきかという、現代の日本の文化には必須の問題も含まれています。二宮毅作曲《洸》では、二宮さんの音響への繊細な感覚とヴィブラフォン奏者梅津千恵子さんの華麗な音さばきによって、自然の原点である「水」が巧みに表現されていました。山本純之介作曲《瘋癲雷神》は、SNSを使いこなす若者にはメジャーなワードである「つぶやき」を神々≒楽器にも当てはめたもの。トランペット、ホルン、トロンボーンという本来であればファンファーレ等に使われる金管楽器に、過去の名曲を途切れ途切れに奏でさせるといった遊びに満ちた作風に、客席からもクスっと笑う声が出ていました。演奏した片野和泉さん、松原秀人さん、福澤優加さんはいずれも若手ですが、作品に要求される多種多様な音色を見事に表現していました。福田陽作曲《ピアノソナタ第2番》は単一楽章の中で音のテンポが綿密に計算されながら変わってゆく作品。ピアニスト佐藤勝重さんの爽快な音運びと緻密な指さばきによって、一段とお客様を惹きつける音楽となっていました。

 後半の冒頭を飾ったのは、音と音あるいは音と人との距離にも様々な工夫を凝らした堀越隆一作曲《時のかなたの森》で始まりました。トランペットの音が客席背後から聞こえてきたことに、お客様も驚きつつ耳を傾けていました。時に奏者が互いに遠ざかったり近づいたりという指示もある作品ですが、トランペット奏者の曽我部清典さん、マリンバの梅津千恵子さん、ピアノの志村泉さんは安定したアンサンブルを聴かせていらっしゃいました。西尾洋作曲《ラ・ソ・ファ・レ・ミ—ピアノのための》は一転して1台のピアノから音が立ち上がり、音楽が出来上がってゆく様相を描いた作品。ピアニストの武内俊之さんは、作品に求められたピアノの音をよく計算しながら演奏されていました。遠藤雅夫作曲《ヴィブラフォンのために》は、ヴィブラフォンによる扉を叩くような音型に始まり、恋人達のドラマを表現した作品。扉を叩く音という非常にシンプルな素材を用いながらも、その叩き方・長さ、追随する音型によって恋模様を表現するユーモアに、客席からも大きな拍手がありました。ヴィブラフォンの梅津千恵子さんの音の表情の豊かさも見事でした。

 今回の演奏会のように、様々な編成の前衛的な音楽作品をまとめて聴ける機会というのはそうありません。演奏会のテーマ、内容ともに大変楽しむことの出来た夕べでした。

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